プチ連載小説「陰陽仙華」その58
「昔々、あの小屋にはきこりの他に、母親と妻も一緒に住んでいたそうです」
きこりの母親は意地悪な姑で、きこりの妻を毎日つまらない事で叱りつけたという。
裁縫箱から針を取り出しては、事あるごとに刺して虐めていたのだと。
やがてきこりの妻は、耐えきれなくなって家を出ていった。きこりもまた、妻を追いかけ母親を捨てて山を下りた。
残された母親は、二人がいなくなってから元気をなくして急速に老け込んでいった。
すっかりぼけてしまっても、なお虐めるために嫁を探して山をうろついていたらしい。
その母親も、やがて小屋で孤独に死んだ。亡骸は通りがかった者が弔ったが、かつて使われていた家財道具はそのまま残された。
「針永姫さんは、かつてお嫁さんを虐めるために使われていた針なのでしょう。持ち主のよくない念が死後も残ってしまい、あやかしに変じたと考えられますね」
桜鈴の話を聞きながら、行実が専門家らしく解説を入れる。気づけば、東の空が白みはじめ朝日が昇ってこようとしていた。
そしてふもとにたどり着き、狸政の出迎えを受けた時にはもうすっかり日が昇りきって明るくなっていた。
「お帰りなさいませ、行実様」
「全て済みましたよ。さあ狸政、屋敷へと帰りましょう」
狸政以外の全ての式神を符に戻し、行実は牛車に揺られ帰途についた。
屋敷へ戻れば、また新たな依頼が舞い込んでくることだろう。心地よく眠気をさそう牛車の揺れに身を任せ、つかの間の休息を楽しむことにしたのであった。
陰陽仙華・おしまい