小説「陰陽仙華」
しかし苦し紛れの攻撃は、空哉の斬撃によってあっさりと防がれる。 「お見通しだ。行実様に手出しはさせぬよ」 「・・・こうなれば、またあの力を使うまで。マガツ針よ、我に力を・・・!」 あやかしは懐から1本の針を取り出すと、それを自らの額に刺した。…
風の刃が触手の槍を切り刻み、ばらばらに吹き散らした。 「そうら、今度はこちらからいくぞ。烏修法・真燕斬!」 空哉が自身の羽で作った黒い羽扇を取り出し、正面に構える。 喝と一声大きく鳴けば、羽扇の先を中心に風の渦巻きが発生した。 あやかしは回転…
この程度呼ばわりされたあやかしは、怒りにかちかちと歯を噛み鳴らした。 触手の先端が鋭く尖り、幾筋もの槍へと変化する。 「我の力を侮りしこと、その身で後悔させてやるわ。死ねい!」 触手の槍は複雑な軌道を描きながら、烏天狗の空哉めがけて殺到した。…
一陣の風とともに現れ出でたその式神は、背中の翼を広げて上空で静止した。 修験者のごとき装束を身にまとい、黒い羽毛に覆われた鳥の頭がついている。 年経た烏が霊力を得て人化したもの・・・烏天狗であった。 「行実様、お怪我はありませんか」 「大丈夫…
慌てる様子もなく行実は、式神符を取り出して素早く呪を唱える。 伸ばされた触手を炎の帯が薙いでいき、狐火の炎月が姿を現した。 「炎月、戦いに巻き込まれないようあの人を守ってくれ」 「御意」 虚ろな目をしていた男は、正気を取り戻して怯えた目で震え…
行実が進み出た。突然現れた人間にあやかしは驚いたような表情を見せたが、すぐに金色の目を吊り上げて行実を睨みつける。 「盗み見ておったのか、こざかしい陰陽師めが。我の食事の邪魔をするな」 「人を襲うというのなら、見過ごすわけにはいきません。そ…
妖気を放散させていたあやかしが、くくっと小さな笑い声を立てた。 「おお、今宵もさっそく餌がかかったわ。そうら、こっちへおいで・・・」 暗い参道の向こうから、ふらふらと人影が歩いてきた。近づいてくるにしたがって、はっきりと様子が見て取れる。 焦…
社の前に、禍々しい気配がわだかまっている。黒い靄のようなそれは、徐々に人の姿へと変化していった。 派手な金色の着物に身を包んだあやかしだ。背はあまり高くない。着物と同じ金色をした目が、らんらんと輝いている。 行実がいることに気づく様子もなく…
日が暮れようとしている。太陽の加護が失われ、世界に闇が満ちていく。 なりを潜めていたあやかしたちが宴の時間とばかりに騒ぎ出す、夜の始まりである。 行実は再度神社跡を訪れ、朽ちた社の陰に身を隠してあやかしを待っていた。 元より目につきにくい場所…
年経た獣や樹木が霊的な力を得ることは、しばしばある。木の精霊はその性質上、土地に縛られ動くことができない。 邪気に染まった土地から、逃れる方法がないのだ。行実はうなずいた。 「なるほど・・・わかりました。やはり一度そのあやかしと会って話をす…
「そのあやかしは、夜になるとやってきます。周囲に妖気を発して通りすがる人間を誘い込み、生気を吸うのです」 それについては行実も聞いていた。生気を吸われた者は死ぬまではいかずとも、しばらく寝込むことになるという。 しかし、あやかしがこれから先…
「あなたもそのあやかしには迷惑しているのですか」 「わたしは、ここでの静かな暮らしを邪魔されたくないのです」 行実は目の前の女性をじっと見つめた。彼女が人間ではないのは、気配で解る。しかし、邪悪なものは感じない。 「あやかしについて、あなたが…
行実が近づくにつれ、人影の正体がはっきりと見えた。 桜色の小袖を身にまとった、若い女性だ。きめの細かな白い肌に、しっとりと濡れたような黒髪の対比が美しい。 小袖の色ともよく似た桜色の唇から、静かに言葉が発せられた。 「陰陽師の方ですね。いずれ…
周囲をそれとなく警戒しつつ、行実は草木の生い茂る神社跡へと足を踏み入れた。 手入れがされていないので雑草は多いが、奥の境内へ向かって石が敷かれているため歩行にはさほど苦労せずに済む。 頭上には年季の入った木々が自由自在に枝葉を伸ばし、緑の天…
あらかじめ伝え聞いた話を元に、怪異が出るという神社跡を探す。 しかし、発見までには少々の時間を要した。深々と草木に覆われていたので、元が何であったのかよくわからない状態になっていたからだ。 たまたま付近に住んでいた老婆が神社のことを覚えてい…
行実のもとに新たな仕事の依頼が舞い込んだのは、数日後のことであった。 都のはずれにある古い神社の跡で、夜な夜な怪異が出るという。 「朽ちて誰にも手入れされることのない神社か。そういう場所にはあやかしも住み着きやすいからな、針についての情報も…
翌日、行実は仕事終了の報告と針の調査を兼ねて陰陽寮へと赴いた。 聞けば、他にも何件かの仕事で針が発見された事例があったという。詳細については未だ不明らしく、調査を進めているとのことであった。 「他の場所でも同じようなものが見つかっているとは…
散らばった屍の中、滅んだあやかしがいた辺りに、何やらきらりと光るものが見える。 行実が近づいてよく目を凝らすと、そこには細長い針のようなものが落ちていた。 「針・・・か?しかし何やら文字が刻まれている。そして微かながら、妖気も感じられるな」 …
断末魔の絶叫を残し、あやかしが灰となって燃え落ちる。 周辺に他の妖気がないのを確認して、行実は呪符を懐にしまった。 「今回の一件はこれにて終了かな。これでもう夜中に人が喰われることはないだろう」 「流石は行実様。いつもながら、鮮やかなものです…
炎をかいくぐりながら、あやかしが行実を狙うべく近づこうとしてくる。 「さて、ではこうしようか」 顔色ひとつ変えることなく行実は、懐から呪符を取り出し呪を唱えた。 指先より放たれた呪符が素早くあやかしに張り付き、その動きを封じる。 「なにくそ、…
「陰陽師を喰ったことはまだないのう。どんな味がするか楽しみじゃ」 血で汚れた長い爪をだらりと下げて、あやかしは様子を窺っている。隙あらば肉を引き裂こうという明確な殺気が放たれていた。 「我が主がお前ごときに喰われるわけがなかろう。潔く滅ぶが…
炎月と呼ばれた式神は、身にまとった炎をめらめらと燃やし尾のように伸ばした。 中空にいくつか炎の塊を飛ばし、広い空間を照らしだす。 「君か、行方知れずの人たちを喰っていたのは」 奥まった一角に、そのあやかしはいた。周辺に骨やら臓物やら、散々に人…
あやかしの気配はいよいよ強まり、禍々しさを増してくる。行実は懐から紙のようなものを取り出し、短く呪を唱えた。 紙からしゅるりと薄く煙が立ち昇り、細長い体の四足獣が姿を現す。青白い毛皮に包まれたその獣は、やはり同じように青い炎を纏っていた。 …
怪異に遭遇しながらも生き延びた男により、出没場所の特定がなされた。 後は適切な能力を持った者が対処するだけである。こうして、行実が現場となった五条大路へ来ることとなったのであった。 辺りを見回すと、廃墟となった古い屋敷が目に留まった。嫌な気…
黒い血だまりの中、あやかしが人間を喰らっていたのだ。哀れな犠牲者は四肢をばらばらにもぎ取られ、そこかしこに散らばっている。 背中を丸めたあやかしは、生首を手に持ちこりこりと頬の肉を齧っていた。じゅるじゅると血を啜る音も生々しい。 この犠牲者…
夜更けに出かけていった者が、何人も行方知れずになっているのだという。 これといった手掛かりも掴めずにいたのだが、ある日偶然五条大路の辺りを通りかかった男が怪異に遭遇したのだそうな。 あやかしの噂は聞いていたものの、どうしても行かねばならぬ用…
歩いていた行実が、ぴたりと進むのをやめた。嫌な気配を察知したのだ。 ざわざわと、胸中をかき乱すような不快感。あやかしが近くにいる。 そしてあやかしの気配に混じって、血の匂いも漂っていた。また誰かが喰われたのか。 陰陽寮に調査の依頼が入ったのは…
陰陽寮の仕事といえば卜占を行ったり暦の編纂をするなど、地味なものだと民草たちは思い込んでいる。 時に体を張って悪鬼悪霊の類と渡り合っている事については、あまり知られていない。 きっとそれは、知らないほうが幸せな事なのだろうとも、行実は思う。 …
行実は貴族階級の人間だが、今は牛車も使わず供の者も連れていない。 馴染みの女の家へ通うわけでもない。彼が今徒歩なのは、仕事の為である。 京の夜には、しばしば怪異が湧き人々を恐怖に慄かせる。ただの与太話だという者もいるし、構わず女の元へ通う貴…
時刻は深夜。 生暖かい風が吹き抜ける都の大路を、一人の青年が歩いている。 颯爽と水干を身にまとい、しゃんと背筋を伸ばして歩く姿からは、闇夜への恐怖が感じられない。 夜歩きには慣れている、といった風情だ。 彼はその名を橘行実(たちばなのゆきざね…